最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)727号 判決 1984年4月24日
上告人
今井登代茂
被上告人
倉島茂好
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由について
民事執行法一二二条にいう動産執行による金銭債権についての消滅時効の中断の効力は、債権者が執行官に対し当該金銭債権について動産執行の申立てをした時に生ずるものと解するのが相当である。けだし、民法一四七条一号、二号が請求、差押え等を時効中断の事由として定めているのは、いずれもそれにより権利者が権利の行使をしたといえることにあり、したがつて、時効中断の効力が生ずる時期は、権利者が法定の手続に基づく権利の行使にあたる行為に出たと認められる時期、すなわち、裁判上の請求については権利者が裁判所に対し訴状を提出した時、支払命令を申し立てた時等であると解すべきであり(訴えの提起の場合につき最高裁昭和三六年(オ)第八五五号同三八年二月一日第二小法廷判決・裁判集民事六四号三六一頁参照)、差押えについては債権者が執行機関である裁判所又は執行官に対し金銭債権について執行の申立てをした時であると解すべきであるからである(不動産執行の場合につき大審院昭和一三年(ク)第二一九号同年六月二七日決定・民集一七巻一四号一三二四頁)。なお、不動産執行と動産執行とでは、手続を主宰する執行機関の点に差異はあるものの、執行手続としての基本的な目的・性格、手続上の原理等において格別異なるところはなく、特に申立てがあると、その後の手続は、いずれも、職権をもつて進行され、原則として債権者の関与しないものであるから、不動産執行と動産執行とによつて時効中断の効力が生ずる時期を別異に解すべき理由はない。もつとも、動産執行の場合、その申立ての時に時効中断の効力が生ずるものと解すべきであるといつても、民法一四七条の規定の趣旨・目的から同条にいう差押えを債権者として権利の行使にあたる行為に出たと認められる申立てをも含めた手続の意義に解釈するにすぎず、現実に差押えがされることを要することはいうまでもないのであるから、当該申立てが取り下げられ若しくは却下されたことにより、又は債務者の所在不明のため執行が不能になつたことにより、結局差押えがされなかつた場合には、動産執行の申立てによつていつたん生じた時効中断の効力は、遡及して消滅することになるものと解すべきである(最高裁昭和四二年(オ)第一四一一号同四三年三月二九日第二小法廷判決・民集二二巻三号七二五頁参照)。以上の見解と異なる大審院の判例(大正一二年(オ)第九九一号同一三年五月二〇日判決・民集三巻五号二〇三頁)は、変更されるべきである。
これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実関係は、(1) 長野地方裁判所上田支部は、昭和四五年(ワ)第二三号貸金請求事件につき、昭和四六年七月二一日、被上告人が上告人に対し金四五万〇三七〇円及び内金二三万七九五九円に対する昭和四五年二月一日から、内金二一万二四一一円に対する昭和四四年一一月三〇日から各支払ずみまで年三割六分の割合による金員の支払を求める債権を有するとし、上告人に対し、右金員の支払を命ずる旨の判決をし、右判決は昭和四六年八月七日確定した、(2) 被上告人は、上告人を債務者として、昭和五六年八月五日、浦和地方裁判所の執行官に対し、右確定判決を債務名義として動産執行の申立てをした、(3) 執行官は、同年同月一九日右申立てに基づき上告人の動産を差し押さえた、というのであるから、右事実関係のもとにおいては、被上告人がした動産執行の申立ては本件債権の消滅時効期間の満了前にされたものであることが明らかであるから、被上告人の消滅時効中断の抗弁を理由があるとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、右と異なる見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(横井大三 伊藤正己 木戸口久治 安岡滿彦)
上告人の上告理由
第一点 原判決には次の法令違反の不法がある。
即ち、民法第一四七条によれば、差押は国家の執行機関の強制執行々為として時効の中断事由となるところ、原判決ではその動産執行の申立に中断の効力を認めている。これは法令の解釈を不当に拡張したものであり、その理由とするところも合理性がなく、法的安定性に欠けるものである。
動産の強制執行の場合は、債務者の債務不履行という事実状態に対して国家の執行機関に対して強制執行の申立をなすのは、右の事実状態と相容れない権利の行使という程度には至つておらず、特に執行官の差押に至つて初めて債権者の債務者に対する明確なる働きかけが認定でき、時効の中断事由となると解すべきである。
動産執行の申立書には、不動産執行の場合の物件の表示と異なり、債務者所有の動産を明確に表示せず、単に「債務者所有の動産」と表示するだけで足る、としているのも、右動産執行の申立と執行官の差押を合わせもつて債権者の明確なる国家機関への意思表示を確認することができ、それが正に差押として時効の中断事由となると解すべきであり、単なる動産執行の申立のみをもつて差押と解するのは不当である。ちなみに、ドイツ民法によれば、執行が官庁によつてなされる時は申請の時、執行吏(官)によつてなされる時は執行々為着手の時に時効中断事由たる差押と解している。(ドイツ民法第二〇九条二項五号)
又、強制執行の申立後は、執行手続が執行機関の主導によつて展開するので、債権者はその手続に委ねる他はない、とする点についても、国家の執行機関の手続に限らず、殆んどの法的手続には右のような宿命があり、本件については、債権者は時効完成前の数日間を問題とする以前にすでに十年近い年月を徒過したものであり、右の債権者の長期間の権利の不行使の結果生じた事態について右の事情を特に考慮に入れて債権者を救済するのは不合理というべきである。
即ち、本件においては、上告人たる債務者は、被上告人たる債権者から高利の金員を借り受けて返済を繰り返し、その残額について債権者が昭和四六年八月に債務名義を取得したものであり、その後九年一一月経過後の昭和五六年七月一五日に前記の強制執行の申立をしたものであり、なお且つ、上告人たる債務者は、前記判決の当時である昭和四六年から三年間位は被上告人の近隣に居住し、被上告人の権利行使も容易であつた事、又、その後も債権者は債務者の住所を容易に知り得た事、債権者は金融業者として、権利の行使については無知ではなかつた筈である事、などを勘案すると、債権者は権利の上に眠る者というべきであり、時効制度の趣旨からみて前記の如き債権者(被上告人)を救済すべき根拠は全く存在しないというべきである。
第二点 原判決には、次の法令違反がある。
民法第一四七条の時効中断事由につき、動産執行の申立を、訴の提起、任意競売の申立と同列に扱つているのは不当である。
即ち、訴の提起は、時効の中断事由たる請求と解すべきところ、本件は中断事由たる差押の問題であつてその範ちゆうが異ること、又訴は厳格な要式行為であつて、前記の如く簡易な動産執行の申立とは異ること、又、任意競売の申立も訴同様に厳格な要式行為であり、それ自体差押に近接したものであるから、差押と同様の中断力を認めうること、など、右両者と動産執行の申立とはその趣旨が大いに異るものと解すべきである。
第三点 原判決には、次の法令違反がある。
原判決では、動産の強制執行の申立時に時効中断の効力が生ずると解しても、義務者たる債務者に対し新らたな不利益を負わせることにはならない、と述べているが、前記の如く本件上告人は被上告人より高利の金員を借り受け、高利の利子を返済し、その残額について、債務名義が存在するものであり、上告人にとつて差押時以前に時効中断の効力を認められることは通常の金銭消費貸借の場合と異なり、一種の不利益を負わせられたものと解せられる。右の如く、右債務名義の性格や債権者の長期間の権利の不行使のために生じた事態などを考慮すると、債権者のために特に有利に解釈すべき合理的な理由は全く存在しないというべきである。
右の如く、時効制度の趣旨からみて、動産執行の差押以前のその申立時に時効中断の効力を認めるべき何らの理由もないというべきである。